志望理由書を家庭で添削するとき、思いつくままに直して疲れてしまわないための段取りをまとめます。内容→構成→表現の順に見る理由、家族で分担するときの決め方、何回まわせば終わりにできるかの目安を解説します。
リビングのテーブルに、印刷したばかりの志望理由書が置いてある。
横には赤ペン。
子どもは向かいの椅子で、じっとこちらを見ている。
「どこから直せばいいんだろう」
赤ペンを持った手が、最初の一文の上で止まる。
多くの家庭でまず起きるのは、目についた言葉から直し始めることです。
「ここ、言い回しが硬いね」「この語尾、さっきも使ってたよ」。
気になった箇所から順に、赤ペンが動いていきます。
この順番の何が問題かというと、あとになって内容そのものを直すことになったとき、さっき直した言い回しごと消えてしまうという点です。
一文一文をきれいに整えたあとで、「そもそもこの理由、うちの子らしくないんじゃない」という話になる。
そうなると、さっきまでの赤字はすべて無駄になります。
もうひとつよくあるのが、家族それぞれが違う箇所を同時に気にしてしまうパターンです。
親の一人は言葉づかいを、もう一人は誤字を、本人は文字数を気にしている。
三人が三様に赤ペンを入れると、子どもはどこから手をつければいいのか分からなくなります。
「さっきお母さんが直せって言ったところ、お父さんは要らないって言った」
そんな声が、テーブルの上で交錯することもあります。
順番を決めずに添削を始めると、直す作業そのものより、家族の間で意見をすり合わせる時間のほうが長くなってしまいます。
これは、誰かの添削の仕方が間違っているという話ではありません。
順番という発想そのものが、抜け落ちやすいだけです。
次の章で、なぜ内容→構成→表現の順で見ていくとうまくいくのか、その理由を見ていきます。
内容というのは、書かれている理由やエピソードが、その子ならではのものになっているかどうかです。
構成というのは、その内容がどんな順番で並んでいるか、話の流れです。
表現というのは、語尾や言い回し、丁寧さのレベルといった、文章の仕上げにあたる部分です。
表現から先に直してしまうと、あとで内容が変わったときに直した部分ごと消えることになる、という話は前の章で触れた通りです。
逆に、内容から先に固めておくと、構成も表現も、その内容に合わせて自然に決まっていきます。
この判定ツールを作るとき、AIの文章と人間の文章を何十本も並べて読み比べました。
そこで気づいたのは、AIに文章を直させると、たいてい表現から手を入れてくる、という傾向でした。
語尾を整え、言葉を丁寧にし、接続詞をなめらかにする。
けれど内容そのものが薄いままだと、どれだけ表現を整えても、読み手の記憶には残りません。
人が家庭で添削するときも、同じ順番の誤りが起きやすいものです。
目につきやすいのは表現のクセで、内容の薄さは意外と見過ごされます。
一文ずつ丁寧に直していくうちに、全体として何を伝えたい文章なのかが、かえって見えにくくなることもあります。
内容から見るというのは、難しいことではありません。
「この理由は、この子だから書ける内容になっているか」。
その一点を、まず確認するだけです。
内容が固まったら、次は構成です。
場面が先か、結論が先か、そのつながりに無理がないか。
ここまで決まって初めて、表現を整える作業に意味が出てきます。
内容→構成→表現。
この順番を家族の中で共有しておくだけで、添削のたびに起きていた「どこから直すか」の迷いは、かなり減ります。
内容の段階で見るのは、細かい言い回しではありません。
書かれているエピソードが、その子にしか書けないものになっているか。
志望校とのつながりが、一文でも書かれているか。
この二点に絞って読むだけで十分です。
内容の段階では、赤ペンを持たずに読むくらいがちょうどいいときもあります。
言葉が気になっても、いったん脇に置いておく。
「ここの理由、なんでこの学校を選んだことになるんだろう」という疑問が浮かんだら、それが内容段階で拾うべき指摘です。
構成の段階に進んだら、話の順番を見ます。
場面の説明が先に来て、そのあとに気持ちが続いているか。
それとも気持ちが先に来て、場面が後から取ってつけたように見えるか。
声に出して読んでみると、流れの不自然さに気づきやすくなります。
段落の長さのバランスも、構成段階で見ておきたい点です。
一つの段落だけが極端に長い、あるいは短いと、読み手はそこで一瞬立ち止まります。
中身を変えずに、段落の切れ目を動かすだけで解決することも多いです。
表現の段階まで来て、ようやく語尾や言葉づかいに手を入れます。
ここまでの二段階を飛ばして表現だけを整えても、文章の印象はあまり変わりません。
逆に、内容と構成さえ固まっていれば、表現の直しは驚くほど少なくて済みます。
各段階で見るポイントを整理すると、次のようになります。
一段階ずつ読むのは、慣れないうちは回りくどく感じるかもしれません。
けれど三つを同時に見ようとするほうが、結局は時間がかかります。
どの段階を読んでいるのか分からなくなったら、赤ペンを一度置いて、自分が今どこを見ているのか確かめてみてください。
一人で三段階すべてを見るのは、悪いことではありません。
ただ、家族が複数人いる家庭では、段階ごとに担当を分けたほうが、読み方に迷いが出にくくなります。
内容を見る担当は、その子の日常をいちばんよく知っている人が向いています。
「これ、本当にあったこと」「もっと他に、こういう場面もあったよね」。
そう問いかけられる人が、内容段階の担当にふさわしい人です。
構成を見る担当は、話の流れに敏感な人であれば、誰でも構いません。
むしろ内容の細部をあまり知らない人のほうが、流れの不自然さに気づきやすいこともあります。
初めて読む人の目線で、すっと頭に入ってくるかどうかを確かめてもらう役割です。
表現を見る担当は、本人であることが望ましい段階です。
語尾や言葉づかいが自分らしいかどうかは、書いた本人がいちばん判断できます。
家族が良かれと思って直した言葉が、本人からすると「自分ならこうは言わない」ということも珍しくありません。
「せっかく直したのに、また元に戻すの」
そう感じる場面が出てくることもあります。
けれど、表現の最終判断は本人に戻す、という約束を先に決めておくと、そこでの言い合いは減ります。
担当を決めるときに、もう一つ意識しておきたいのが、意見がぶつかったときの決め方です。
段階ごとに最終判断をする人を一人だけ決めておくと、話し合いが長引きにくくなります。
全員の意見を毎回すり合わせようとすると、添削そのものより調整に時間を使うことになります。
分担を考えるときの目安は、次の通りです。
役割を決めても、誰か一人にすべてを背負わせる必要はありません。
気づいたことを、担当外の段階であっても口に出すこと自体は構いません。
ただ、最終的にどう直すかは、その段階の担当者に委ねる。
それだけで、家族での添削はずいぶん進めやすくなります。
内容→構成→表現と一周したら、もう一度最初から読み直してみてください。
一度直したことで、内容にまた新しい迷いが出てくることもあります。
これは失敗ではなく、直すたびに輪郭がはっきりしていく途中の状態です。
目安としては、二周から三周ほど回すと、大きな迷いは落ち着いてくることが多いです。
一周目は内容の骨組みを固める周、二周目は構成と表現を整える周、三周目は最終確認の周。
そのくらいの感覚で進めると、今どこにいるのか見失いにくくなります。
「もっと直せる気がする」
そう思う気持ちが消えないこともあります。
ただ、直す箇所が言葉尻の好みの範囲に収まってきたら、それはもう十分に仕上がっているサインです。
逆に、何周しても内容の話に戻ってしまう場合は、そもそもの理由やエピソードの選び方自体を見直したほうが早いこともあります。
表現をどれだけ磨いても、内容の土台が揺れていると、いつまでも落ち着き先が見つかりません。
たとえば、こんな夜。
三周目の添削を終えて、テーブルの上の赤ペンをようやく置く。
子どもが「もう直すところ、なくなった」と言って、家族の誰かが「うん、あとは読むだけ」と返す。
その一言が出てきたら、添削はもう終わりにしていい合図です。
まわす回数に、正解の数字はありません。
ただ、内容→構成→表現の順を守って進めていれば、何周目で終わればいいかは、家族の中で自然と分かるようになっています。
家庭での添削は、誰か一人が正しさを決める作業ではありません。
順番を決め、役割を決め、終わりを決める。
その段取りさえ整えば、あとは家族のペースで進めていけます。
願書・志望理由書のAIっぽさを赤ペン診断。
試してみる →すべての指摘と言い換え例、全文書き直し指示文の完全版。
Brainで見る →生徒がAIで書いてくる時代の添削キット。質問集・文例・テンプレ30。
Brainで見る →受験の先にある教育費の計画を、オンラインで。
詳しく見る →お金の話を気軽にできる、無料のオンラインの町。
のぞいてみる →※ 勉強会・サロンは、提携先fulfullの運営です。