小学校受験の願書にある「幼稚園・保育園での様子」欄は、親が自分の目で見ていない場所の話です。連絡帳や面談の評価語をそのまま写さず、帰り道の本人の話や送り迎えで見た一瞬から書く方法を整理しました。
10月の夜、子どもが寝たあとのダイニング。
願書の用紙を広げて、「幼稚園・保育園での様子」と書かれた欄のところで、ペンが止まっている。
家での様子なら、いくらでも書けそうなのに。
この欄だけは、自分が見ていない時間のことを書けと言われている気がします。
「園の様子なんて、先生のほうがずっと詳しいのに」
ふと、連絡帳をめくってみる。
「お友達と仲良く遊んでいます」
「何事にも意欲的に取り組んでいます」
そこに並んでいる言葉を、そのまま写せば、欄は埋まります。
でも、それを写した文章が、本当にわが子の園の一日を伝えているのか。
ペンを持ったまま、少し考えてしまう。
その迷いは、この欄の性質から来ています。
園での様子は、親が毎日そばで見ている場面ではありません。
朝、玄関で別れてから、夕方のお迎えまで。
その間の長い時間を、保護者は直接知らないまま、この欄を書くことになります。
だから手が止まるのは、書く力が足りないからではなく、材料の集め方が、家での様子の欄とは違うからです。
様式や字数、この欄があるかどうかは、学校ごとに違います。
「園での様子」「集団生活での様子」など、呼び方もまちまちです。
募集要項や願書の記入上の注意で、まず確かめてください。
連絡帳や面談で先生が書いてくれる言葉は、園の中の子どもを毎日見ている人の、正直な言葉です。
そこに間違いはありません。
ただ、願書の文章として読むと、少し事情が変わります。
「協調性があります」「意欲的です」といった評価の言葉は、先生の目には、その子の具体的な姿が重なっています。
けれど、願書の欄に写した瞬間、その姿は消えて、言葉だけが残ります。
読む側には、ほかの願書でも見かける一文のひとつに見えてしまいます。
この判定ツールを作るとき、AIの書いた文章と人の書いた文章を、何本も並べて読み比べました。
AIの文は、「仲良く」「意欲的に」「積極的に」といった評価の言葉が、整った順番で並んでいる。
人が書いた文章で目に残ったのは、評価の言葉より先に、見えた場面が書いてあるものでした。
先生の言葉を写した文は、書き手が人でも、AIの文に近づいてしまうことがあります。
どうすればいいか。
評価語を、その言葉が生まれた場面に戻す。
先生が「仲良く遊んでいます」と書いたとき、その裏には、きっと何かの場面があったはずです。
次の例は、創作です。
Beforeは、どの園のどの子にも当てはまる文です。
誰が読んでも、否定はできない。
けれど、読み終えたあとに、顔が浮かびません。
Afterは、先生が話してくれた場面と、本人の言葉を並べただけ。
「協調性」という言葉は一度も出てきませんが、読んだ人には、そのひと言が伝わります。
先生の評価語は、そのまま使わない。
先生が話してくれた具体の場面のほうを、使う。
そう切り替えるだけで、文章は変わります。
園での様子は見えない場所の話ですが、まったく知る手がかりがないわけではありません。
窓は、おおまかに三つあります。
ひとつは、連絡帳、面談、お迎えのときの先生のひと言。
これは、園の中の様子を知る、いちばん直接の窓です。
使うときは、評価の言葉ではなく、先生が話してくれた場面のほうを拾います。
「最近、お友達が転んだときに声をかけていますよ」と言われたなら、使えるのは「声をかけていた」という場面のほうで、「思いやりがある」という評価ではありません。
もうひとつは、帰り道や夕食のときに、子ども本人が話してくれる「今日ね」。
これは、親が持っている、いちばん得がたい材料です。
先生の言葉と違って、子どもの目から見た園の一日が、そのまま出てきます。
たとえば、こんな夕方。
自転車の後ろで、急に子どもが話し始める。
「あのね、今日、○○ちゃんが泣いちゃってね」
「それでね、ぼく、先生にいっしょに言いに行ったの」
信号待ちのあいだに、断片的に出てくる話。
その場でメモは取れないので、夜、寝る前に携帯のメモにひとこと残しておく。
10月の願書に使えるのは、そういう、ふだんは流れていく「今日ね」のほうです。
「今日ね」は、子ども自身の言葉なので、評価語の入り込む余地がほとんどありません。
三つめは、送り迎え、運動会、発表会、保育参観で、親が自分の目で見た一瞬。
先生の説明も、本人の話もなく、ただ見えたもの。
たとえば、運動会で、リレーのバトンを落とした友達のそばに、真っ先に駆け寄っていた。
発表会の舞台の袖で、緊張して固まっている子に、小さく手を振っていた。
参観の日、先生の話を聞くときの背筋の伸び方が、家で見る様子とは別人のようだった。
どれも、小さな一瞬です。
けれど、親が自分の目で見たものは、先生にも、他の家庭にも書けない文章になります。
二つめと三つめの窓は、家庭でしか持っていない材料です。
願書の欄では、この二つを軸にして、一つめの窓から得た場面を補う。
そのくらいの配分が、書きやすいはずです。
もし、「どれも思い浮かばない」と感じたら、まずは今週のお迎えのときに、一つだけ見てみてください。
遠くからでいいので、先生に呼ばれる前の、子どもの動きを。
願書には、園の様子の欄のほかに、家庭での様子や、家庭の教育方針を書く欄が並んでいることがあります。
欄が複数あるときに、気をつけたいことがひとつあります。
同じエピソードを、二度書かないこと。
「友達に順番を譲れる子です」という話が、園の欄にも、家庭の欄にも出てくると、読む側は「この家庭には、この話しかないのかな」と受け取るかもしれません。
実際には、他にもたくさんあるはずです。
それなのに、一番書きやすい場面を、何度も使ってしまう。
これは、よく起こります。
欄ごとに、場面を割り当てる。
園の欄は、①先生から聞いた場面、②本人が話してくれた「今日ね」、③行事で見た一瞬。
家庭の欄は、家での手伝いや、きょうだいとの関わり、休日の過ごし方。
そのように、見ている場所で分けると、重なりにくくなります。
次の例も、創作です。
どちらも、「譲る」という同じ方向の話です。
けれど、園の欄は運動会の場面、家庭の欄は弟との場面。
別の場面なので、読み手は「この子の姿の、別の角度」を見ることになります。
一つの欄に、一つの場面。
それだけ守れば、同じ話の繰り返しはほとんど避けられます。
志望理由や教育方針の欄との分け方は、「小学校受験の願書、志望理由が200字しかないとき何を削り何を残すか」にも関わる話です。
どの欄に何を置くかは、学校ごとに様式が違います。
募集要項の記入上の注意を見ながら、決めてください。
書き終えたら、一度、園の先生が読んだと想像してみます。
実際に見せる必要はありません。
「あ、こんな場面がありましたね」と、思い出してもらえるか。
その視点で、確かめたい点を挙げておきます。
最後の項目は、意外と大事です。
自分で見ていない園の中のことを、「〜しています」と言い切ると、あとで面接で聞かれたときに答えにくくなることがあります。
「先生から聞いたところでは」「本人が話してくれたのですが」と添えるだけで、文章は正直になり、読み手にも伝わりやすくなります。
文章を、どこから見直せばいいか分からなくなったときは、赤ペン願書ラボの無料セルフチェックツールに、書いた文章を貼り付けてみてください。
AIっぽく読めてしまいそうな箇所や、どの家庭にも当てはまりそうな言い回しの見当がつき、言い換えのヒントも出ます。
このツールは、AIの利用を隠すための道具ではありません。
先生の言葉を借りた文章を、自分たちの目で見た場面に戻していくための、ただの手がかりです。
数日後のお迎えの時間。
先生が出てくる前に、子どもが砂場で、小さな子のバケツを直してやっている。
その背中を見ながら、「これだな」と、小さくうなずく。
願書・志望理由書のAIっぽさを赤ペン診断。
試してみる →すべての指摘と言い換え例、全文書き直し指示文の完全版。
Brainで見る →生徒がAIで書いてくる時代の添削キット。質問集・文例・テンプレ30。
Brainで見る →受験の先にある教育費の計画を、オンラインで。
詳しく見る →お金の話を気軽にできる、無料のオンラインの町。
のぞいてみる →※ 勉強会・サロンは、提携先fulfullの運営です。