願書を書き終えて読み返したとき、なんとなく引っかかりを覚えることがあります。
文章として整ってはいるのに、どこか自分の子どものことを書いた気がしない、という感覚です。
運営として多くの文章を見てきた中で、この感覚を持つ保護者は少なくありません。
特に、AIに下書きを手伝ってもらったあと、自分の言葉に直したつもりでも、この違和感が残るケースがよく見られます。
違和感の正体は、たいてい「読みやすいけれど、誰の子どものことを書いてもそのまま通用しそうな文章になっている」という点にあります。
文法は正しく、言葉遣いも丁寧なのに、書いた本人の顔が見えてこない状態です。
この状態は、文章そのものが悪いわけではありません。
むしろ、土台としてはよくできている場合が多く、あとひと手間を加えれば印象は大きく変わります。
問題は、その「ひと手間」がどこに必要なのか、書いた本人には見えにくいという点です。
自分で何度も読み返していると、内容に慣れてしまい、抽象的な部分もすんなり読めてしまいます。
また、塾や幼児教室から「よくまとまっている」と言われたのに、自分ではしっくりこない、という声を聞くこともあります。
第三者から見れば破綻のない文章でも、書いた本人が一番、わが子の実感との距離を感じ取っているのかもしれません。
この違和感を放置したまま提出してしまうと、面接で内容を聞かれたときに、自分の言葉で説明しにくくなることもあります。
だからこそ、「AIっぽい」と感じた時点で立ち止まり、どこにその原因があるのかを具体的に探ることが次のステップになります。
この記事では、AIっぽさの正体を整理したうえで、実際にどう直せばよいかを例文とともに見ていきます。
「AIっぽい」という印象は、感覚的なものに思えて、実は言葉の使い方に共通のクセがあることが多いです。
ひとつは、抽象語だけで場面をまとめてしまうクセです。
「豊かな学び」「主体性」「多様な価値観」といった言葉は、どんな子どもにも当てはまるため、具体的に何があったのかが伝わりません。
ふたつめは、接続詞の使い方が単調になるクセです。
「そして」「また」「そのため」といった接続詞が同じパターンで繰り返されると、文と文のつながりが機械的に感じられます。
みっつめは、語尾のクセです。
「〜と考えております」「〜と思っております」のような丁寧な語尾が何度も続くと、一文一文の熱量が均一になり、書き手の感情の起伏が伝わりにくくなります。
これらのクセは、AIが生成する文章に出やすい特徴であると同時に、人が急いで文章を整えたときにも自然と出てしまう特徴でもあります。
締め切りが近づき、時間に追われながら書き上げた文章に、同じクセが出ることも珍しくありません。
つまり、このクセがあるからといって「AIが書いた文章だ」と断定できるわけではありません。
大切なのは、犯人探しをすることではなく、自分の文章にこのクセが残っていないかを確認し、必要な部分を直していくことです。
四つ目に、一文の長さが均一にそろいすぎている点も、クセのひとつとして挙げられます。
人が話し言葉に近い感覚で書くと、長い文と短い文が自然に混ざりますが、整えすぎた文章はどの文も似た長さになりがちです。
次の章では、実際にこれらのクセをどう直すのか、具体例で見ていきます。
ここでは、よくあるパターンを3つ取り上げ、直し方の実例を紹介します。
例文はいずれも、特定の学校を想定しない一般的な創作です。
ひとつめは、抽象語だけで場面が終わってしまうパターンです。
Before:説明会に参加し、貴校の教育方針に強く共感いたしました。
Before:豊かな学びの環境が魅力的だと感じております。
このままだと、何を見て共感したのかが読み手に伝わりません。
After:説明会で、上級生が休み時間に下級生へ折り紙を教えている場面を見かけました。
After:帰り道、子どもは「わたしも教えてあげる係になりたい」と話し、その日から家で下の子に折り紙を教えるようになりました。
場面と子どもの言葉を足すだけで、同じ出来事でも印象がまったく違って見えます。
ふたつめは、「〜と考えております」という語尾が繰り返されるパターンです。
Before:貴校で学ぶことで成長できると考えております。
Before:家庭でもそのための準備を進めていきたいと考えております。
語尾がそろいすぎると、一文ごとの重みが均一になり、単調な印象を与えます。
After:貴校で学びたいという言葉を、子どもは願書を書いている間も何度も口にしていました。
After:家庭では、通学の練習を兼ねて休日に最寄り駅まで一緒に歩くところから始めています。
語尾を言い切りの形に変え、具体的な行動を添えると、文章に動きが出てきます。
みっつめは、「」でくくった教訓めいた一言で締めるパターンです。
Before:この経験を通して「諦めない心」の大切さを学びました。
出来事の途中経過が省かれ、きれいな結論だけが置かれると、実感が薄く感じられます。
After:練習してもうまくいかない日が続き、途中で「もうやめる」と泣いた日もありました。
After:それでも次の週末には自分から道具を出してきて、少しずつできることが増えていきました。
結論をひとことでまとめず、うまくいかなかった過程も含めて書くと、読み手に伝わる文章になります。
こうしたクセは、他人の文章であればすぐに気づけるのに、自分の文章だと見過ごしやすいという特徴があります。
理由のひとつは、書いた本人はすでに背景を知っているため、抽象的な言葉を読んでも頭の中で自動的に具体的な場面を補ってしまうことです。
「豊かな学び」と書いても、書いた本人には特定の場面が浮かびますが、初めて読む相手にはその場面が見えません。
もうひとつの理由は、何度も読み返すうちに文章に慣れてしまい、違和感そのものを感じにくくなることです。
最初は引っかかっていた言い回しも、10回、20回と読むうちに「こういうものだ」と脳が処理してしまいます。
また、願書は短期間で何度も書き直すことが多いため、疲れた状態で読み返すと、細かな単調さに気づく余力が残っていないこともあります。
家族に読んでもらっても、内容そのものへの共感が先に立ち、言葉のクセにまでは目が向きにくい場合があります。
特に、日頃から子どもの様子を近くで見ている家族ほど、書かれていることが「事実として正しい」ことに安心してしまい、表現の単調さは見過ごされがちです。
兄弟姉妹の願書を過去に書いた経験がある家庭でも、前回と似た言い回しを無意識に使ってしまい、それが単調さにつながっている場合もあります。
こうした事情から、書き終えた文章のクセに自分だけで気づくのは、決して簡単なことではありません。
時間を置いて読み返す、家族で読み合わせをするといった工夫は有効ですが、それでも見落としは残りやすいものです。
だからこそ、機械的にクセを拾い出してくれる手段を、ひとつの参考として使う価値があります。
赤ペン願書ラボでは、書き終えた願書や志望理由書を無料で診断できるツールを提供しています。
使い方はシンプルで、書き終えた文章をそのまま貼り付けるだけです。
診断すると、抽象語の密度や語尾の偏り、接続詞の繰り返しといった、ここまで紹介してきたようなクセが箇所ごとに示されます。
ここで大切なのは、この診断結果を「AI検出の判定」として受け取らないことです。
このツールが目指しているのは、AI利用を隠したり、検出を回避したりすることではありません。
指摘された箇所に、わが子ならではの場面や言葉を足し、本人の言葉に近づけるための手がかりを提供することが目的です。
診断結果に出てきた箇所を、ひとつずつ「実際にはどんな場面だったか」と思い出しながら書き直していきます。
すべての指摘に対応する必要はなく、特に単調さが目立つ2〜3箇所を優先して直すだけでも、文章全体の印象は変わります。
直したあとの文章を、家族の誰かに音読してもらうと、また別の角度で気づきが得られることもあります。
直し終えたら、もう一度同じ文章を診断し、変化を確かめてみるのもひとつの方法です。
一度で満足のいく結果にならなくても、指摘箇所を減らしていく作業を繰り返すうちに、文章は少しずつ自分たちの言葉に近づいていきます。
数値や指摘の有無に一喜一憂するのではなく、直す作業のきっかけとして活用するのが、このツールの本来の使い方です。
直し終えた文章を提出する前に、次の項目を確認しておくと安心です。
これらは特別な作業ではなく、書き終えた文章をもう一段落ち着いて見直すための視点です。
「AIっぽい」と感じた違和感は、直すきっかけとしてはむしろ有効なサインだったと言えます。
そこに気づいた時点から、文章はわが子だけの言葉へと近づいていきます。
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